子育てはむずかしいや。
次男が私との「誰もいないときは家に友達をいれない」という約束を破った。
仕事からの帰り際、次男の同級生ではないかと思われるチャリ集団を見かけた。なぜか道に溜まっている10人ほどの男子たち。通り過ぎながらそっと目もやると次男発見。そりゃいるよね。あれ、今、テスト前の期間じゃなかったですかね。ああそうか、テスト前で部活が休みだから全員集合なんですね。
仕事から帰ってリビングに入ると、付けっぱなしの電気に空けっぱなしの網戸。開けっ放しのカーテン(外から丸見え)、小窓。ベランダに謎に濡れた段ボール。なんだろう、このやりっ放しで急いで出かけた感じ‥。友達が誘いに来て急いで出かけた?いや、
家に、友達入れたな・・・?
インターホンを確認すれば証拠はそこにあった。
チャイムを押すと同時に変顔をする友達。(かわいい)
「おい、言っとくけど録画されてるぞ~(笑) 入れ~」という息子よ、まさに今、家に入れている証拠が残っているよ。気づいてんのか気づいていないのかどちらですか。
次男が私との約束を破ることはちょいちょいある。留守中は家はだめだというのに入れたことは過去にもある。先日は友達とカップラーメンを食べたが、玄関付近にしか入れていないといったのでまあよしとしたけど、それがいけなかったのかもしれない。
嘘をつくことが多い。
事なかれ主義というか、争いを好まない彼は軽く嘘をついてその場をやり過ごせればいいと思っている。
私:勉強した? → 次男: したよ!(してない)
私:解答見たでしょ? → 次男:え?見てないよ! (見て写してる)
私:ちょっと、やだ、このゴミ箱に捨ててあるテスト、他の子の名前が書いてあるじゃん!なんで返してないの!長男の仕業・・? → 次男:え~!まじで!あいつやばいね!(犯人は次男。返すのもバツが悪くて捨てようとしていた)
私:ラインで友達の画像とか勝手に送ったらだめだからね 拡散とか、大変なことになる→ わかってるって!俺やらないからね!(めっちゃ送ってる)
了承のもと、スマホを使いすぎないように制限すれば、黙って私のスマホから設定を変えていたりすることは何度も何度もある。
そのどれも、私は気づく。
母の嗅覚、すごいんだよ。すぐにわかっちゃうんだから。
しらを切ってばれなきゃいいというのか。自分のための嘘をつくことを、私は親として知らんぷりをするわけにはいかない。とても大切なことだと思うからだ。
次男が幸せに生きれる人間になるために。
そのたびに、嘘はやめてほしいと伝えている。約束をして裏切られたような気持ちに相手はなるし、約束を変えたいなら相談なり交渉なり話を先にしてほしい。
自分が楽でいるためについた嘘は、もっと自分を苦しい状況に追い込むよ。
信頼をなくすし、取り繕って後でわかったら、もっと大変なめんどくさい事態になるんだよ。
なによりも、さらっと嘘をつくような人、信用できないじゃないか。本当のことを言っても、信じてもらえなくなる。
AIに聞けば、嘘をつくことは成長だという。たしかに、そうではある。知恵、回避術。
中学生という時期、そういう傾向はあるようだ。
脳の成長のしくみもあるみたいで。
でもね、だからといってスルーするわけにはいかない。
自分のやったことは悪いと素直に受け止められる彼は、きちんと聞く態度をとって向き合うことができる。それでも繰り返すからその都度私は話をする。
わかってるけど、忘れちゃうんだって。そのときは、いいかなと思っちゃうんだって。
反省する態度が見られるから、ケンカにはならない。こちらも冷静でいられるが、しっかりと大事なことを伝えたい。どうしたものかと頭を悩ませながら、互いに話す。
しっかり話をしたあとは、食事中も食後も静かな時間が流れてそのまま彼は寝た。いつもなら楽しく話せる時間がなくなってしまい、私は正直、さみしい。もしかして言い過ぎてしまったか、いや、今回はこれくらい言ってもいいのでは、と振り返って反省をする。
楽しい時間を過ごすためには、軽く注意でさくっと終わればいいのだけど、大切なことを伝えるにはそうもいかない。
私だって、てきとうに流してほおっておいて、子どもと楽しい時間だけ過ごせたらいいよ。でもそうもできないし、そうしたくもない。
そうやって育てている。
高校受験、終了!
長男の高校受験が終わった。
第一志望校、合格、おめでとう。
合格発表はネットで見る時代だ。
なんとなく、子どもと一緒に画面を見て合否を確認するものだと想像していたけど、実際は子どもは他の学校の試験日だったり、試験が終わって塾に直行していたりして、私はほぼ一人で画面を開くこととなった。
画面を開く時の私の気持ちと言ったら、もう緊張マックス。合否は既に出ていることはわかっているのに、不安と、でも期待と、祈る気持ちと、様々な感情が入り混じっていた。
「努力が、結果に結びつきますように。」
がんばっていた姿が目に浮かぶ。第一志望の合格発表は、ちょうど、同じく第一志望群の学校の受験日で、試験が終わる時間でもある13時が発表時間だった。
この日は休みをとって送っていき、近くの店で時間を過ごした。どう過ごしたかというと、どうにか、彼が力を出し切ることをひたすら願っていた。
自分が近くにいて願った方が、その念じる力が何かの助けになるのではないかなんて思ったからだ。 前に受けた学校が、それで合格をしたから縁担ぎというか、ジンクスというか。いやもう、なんでもいいから私の持てる力全部を注ぎたかった。
親が祈ろうが祈るまいが、試験に立ち向かうのは子ども一人の力で、関係ないのはわかっているけれど、ほんとに何でもいいから何か彼のためにできることをしていたかったのだと思う。それがひたすら念じるという(笑)そんなの影響するわけない。そんなことわかっていても、したいからそうした。意味がなくても、そうしたかった。
以前テレビで、じゃんけんって、本気で応援してくれる人が多い人の方が、何故か勝つ、という説をやっていた。人が応援する力って、なにかの力になるかもしれない。
お店の中には、同じように試験が終わるのを待つお母さんがぽつぽつ座っていて、中には塾ママ友と思われるお母さん方もいた。同じように、13時の発表を待っているような話声が聞こえる。我が家と同じような学校群を、同じようなスケジュールで受験していそうだ。
その会話が聞こえるのが落ち着かなくて、一足先に店を出た。
長男が試験を終えて出てきたら会えそうな駅の近くでスマホを開く。
ああ、もう合格発表が見れる。見れてしまう。
ポチ
合格、してる
してるーーーーーー
してるよーーーーーー
よかった
よかったあ
立っていたので、くらっとした。安堵>嬉しさ。徐々に感動。
出てくる涙とゆがむ口元を隠すようにマフラーに顔をうずめた。
試験後に学校からどっと受験生が出てきて、私の前を通り過ぎて駅へ向かっていく。
長男とは一緒に帰る約束はしておらず、友達と合否を確認してそのまま塾に向かう予定だ。私がここで待っているのは、一目終わったあとの顔を見れるかなと思ったから。友達が一緒だったら声はかけない。でも、もし一人で、まだ発表を見れてないようだったら一緒に合格の画面を見よう。
でも、会えなかった。人が多すぎて、見つけられなかったようだ。
よかったね、合格だよ。心を感動でいっぱいにしながらその日も一人で帰った。
全部で受けた試験は8回、うち合格6,不合格2。
塾の言葉でいうところの「全勝」を目標に掲げていた本人は少し残念な気持ちも味わったけれど、行きたい高校に手が届いたということが何よりありがたい。
この1年、「オレ受かるよね?」と聞いてきたらば、必ず「受かるよ!」と答えてきた。
しっかり努力すれば、それ相応の結果がついてくると信じていい。ついてこなかったとしても、それはその時に次を考えればいい。
母はどっしり構えて明るく、信じる、という態度はわりとできたところを自分で褒めたい。反省点は、秋に滑り止めとなる学校を確保する必要があるときに、親の心配心を露呈してしまったところだ。本命に入るべく戦っているところを、不安をあおることになった。
まあ、色々あったけれど、秋・冬から高まってくる長い受験シーズンの緊張を終えることができて、ほっとした。2週間は、もう何も考えたくないと日々を過ごしていた。
試験当日、急に一人で行くと言ってみたり、合格発表も私と一緒に見ることはほぼなかったり、自分一人で不合格の結果を飲み込んだり、受験終わったら行ったこともない外国に一人で行くと突如言い出してみたり、距離を一気に感じた。親が完全に後方にいる。たとえ私がいなくても、なんとか大丈夫。意識していなかったことをはっきり感じた。途中とてもさみしくもあったけど、こうやって嬉しいと寂しいを山と谷のように感じながら、でも平坦な道にもどりながら静かに子離れしていくんだなあ。
勉強をがんばったのは本人。
でも、裏には力になってくれた人が大勢いるね。
わかってると言っているけど、わかってるかな。
ここでも、応援してくれた方々、本当にありがとうございました!!
高校受験2校目
2校目の試験日。
1校目よりわずかな慣れを感じながらも、ここで受からないようだと後に続く第一志望もきついかもしれない、いうことから、彼はどういう心境だっただろうか。
母の私も朝一緒に行くことに抵抗もなくなったのか和やかに話しながら学校へと向かう。なんならくっついて歩いているくらいだ。
昨日の夜食べた好物の黒にんにくのせいで彼の口がくさい。試験後は友達と合流すると言っていたから教えた方がいいかなと思ったが、やめた。余計なことは言わない方がいい。
これも昨日の夜、彼は一番風呂に入って、二番目に弟が入ろうとしたら湯船に色々なものが浮いていた。入る前に、きれいに使ってねと声をかけたが、きっとまた何も考えずにお湯に浸かったのだと思ったが、今回は何も言うまい。弟にも、今日は言うのやめるわ、受験終わったらしっかり言うからごめん、と伝えた。
今回の受験期通して、私は言う言わないの練習がよくできたと思う。何を口に出したらいいのか。余計なことは言わないことはもちろん、どうやったらいい方向にアシストできるか。少しでも力になれるかと考える。さりげなければさりげないほどいい。
まあ、そうはいっても、つい最近も言い合いをして感情的になったのだけど。
あちらが感情のはけ口として私とのぶつかりを望んでいるようにも見えた。だから応戦したともいえる。2人してワアワアと言いあうけれども、昔より彼は冷静であって、いつまでも大声をプラスして強さで勝とうとしてるのは私の方。正直、もう強さでは押し切れないし、感情が爆発してる時点で大人の私の負けな気もしている。けど、私たちのケンカはこれでいい。言いたいこと言い合って、伝わっていないことをどうにか言葉にして、相手に届くように。考え方が違っても、相手の考え方を受け取って尊重することができるまで、とことん。
(こうやってこれでいいなんて言えているのは事後だからで、最中はそうは思えない。)
駅から高校へと向かう道は、募集人数も少ないことから1校目ほど人はいなかった。男子校なので男子ばかり。同じ年に産まれた子が勢ぞろい、と思うとなんだかおもしろい。
リュックに御守りを何個もぶら下げている子もいる。
長男は少し気になったのか、オレって御守り持ってる?と聞いてきた。
ああ、持っているさ。
長男が、京都の北野天満宮に行った時に自分でいただいたものに加え、初詣に氏神様でいただいた合格御守り、そして湯島天満宮の学業御守りと大吉おみくじをしっかり(私があなたの)お財布に入れてある。神様の力はもう言うことないよ。
オレの手、両手とも「ますかけ線だよね〜」、と言ってきた。
手相で「ますかけ線」はなかなかのよい線のようだ。
そうだよ、お腹の中にいるときから、ますかけ作って出てきたんだから!あんなちっちゃい手の時から、パァにして広げたら既にそうだったんだよ!と、返す。
生後間もない小さい頃を思い出す。
もみじのような小さい手は、いつも汗ばんでいて、湿っていたな。
いいものには全部乗っかって、元気に向かっていこう。
歩くこと15分、
校舎の入り口に到着して、バイバイ。
もう、母が何か声をかける必要なんてない。
母の言葉で、引っ張る時期はいつの間にか過ぎたよ。
後ろから見守る役割になったね。
言葉にしない気持ちを、せめても、と思いながら肩をポンと叩き
いってらっしゃい!と言うと
彼は、「結果だしてくるわ」と言って笑った。
大丈夫かな?でも、緊張するなあ、でもない。
やってやるという気持ちに自分を持っていっている。そうだね、そのテンションがいい。やってやろう。
結果だしてこいよ!
高校受験日
長男が、受験本番!
何校か受けることになる。試験日の朝は高校まで送っていくことを予定していた。お年頃の男子だから、母と一緒に歩くのは嫌かなとは思うけれど、交通が心配で。電車遅延で中に閉じ込められたらとうしよう!とか。心配しすぎ?いやいや、こんな大事な日、背に腹は代えられない。きっと緊張しているだろうから、私は余計な事を言わないように気を付けて、静かに道案内役に徹しよう。なんなら試験終わるまでどこかで時間を潰して待っていて、一緒にお昼を食べて帰ろうかなと思ったりしていた。
しかし、昨日の夜、彼は塾から帰るなり、明日は一人で行くと言い出した。急に。
さくっといってさくっと帰るわー
帰りは塾の友達と一緒に帰る、と。
えーと。。。私も一緒に行くってことで予め話し合ったよね?!
なのに急に前日の夜に、そう言う。。。
準備バッチリで、後寝るだけなんですけど。
こちらは受験に合わせて仕事を決め、何ヶ月も前からスケジュール管理し有休をとるつもりで動いていて、やれ明日の持ち物はこれでいいのか、不足はないのか、親は念の為にこれを持って、、、何時に起きて何時の電車に乗るか?遅延を見越して何分前到着しよう?朝食は、、、?当日の声掛けは何かするべきか、しないべきか、、、。
色々考えて準備をしているんだよ。
勝手に。
そう、勝手に。
私は付いていかなくてもいいって、そりゃあそうなんだけど。余計な人が隣にいるだけで、本番という緊張感を感じるというならそれもわかる、が、私の気持ちは一気に複雑になった。
①しっかりしてる、頼もしい→成長。うれしい。あってほしい姿。もうそんな年齢かもしれない。私が世話を焼きたいだけかもしれない。
②そうはいっても、実際は抜けてるところが多い。そんなにしっかりしていないんだよ。間違い多い。行ったことのない場所、電車も乗る。自分で破壊したせいでスマホもない。検索できなきゃ電話もできない。→こんな大事な日に、心配。
③私は要らないと言われた気分→あれこれやってるのに、さみしい。
前日の夜、③を考えるのは余計なことだ、と理性が働く。
ただの面倒くさい母親だ。
①と②で考えを巡らせながら、
電車だけは一緒に行く、塾の子に見られるとかが嫌なら、離れて歩いて校門まで見届ける。
何かあったら振り返って戻れば助けられるようにしたい。見届けたら帰る。
ということで了承してくれた。
子離れ的には、①1人で行くというならそうさせる、がいいのだろうが、うち子の行動や電車などの心配は拭えない。
これまた私の勝手かもしれない、けれど、今回の受験、私が必要だと思うことはさせておくれ。邪魔にならないように見守らせてほしい。
当日、さっき。
電車の中から受験生を大勢見かけ、駅を出て高校へと向かう道は、受験生+親ばかり。
1人の子もたまにいるが、9割は親と来ていた。
そして校門から折り返したのだろう、道路を挟んで駅へと帰っててくる道は、母、母、母、母、父。
見送った帰りの親が歩いている。
私は皆さんに心のなかで話しかけた。
やっぱり、送りますよね。送ってもいいですよね。
朝9時、きっと「はじめ」と試験開始の合図。
名前だけは書いてね。
今日は珍しくマークシートのテスト。
列はずらさないでマークだよ。
明日も試験。友達とお昼を食べるなら、生ものはだめよ。
食べ慣れたものにしてね。
落ち着いて、自信もって!実力出せるよ!
いけ!!
さよなら2025年!
2025年ももう終わる、あと数時間!
私は次男とマックで時間を潰している。
家の鍵を持たずに出かけてしまったのだ。
塾から戻る長男が鍵を持っていると信じて、ひたすら待ち続けている数時間。
今日やるはずだった大掃除が残っているし、明日スーパーがお休みで備えておくべき食材も買えていない。
でもいいじゃないか、こんな最終日も。
私が鍵を忘れて家に入れなくても、文句も言わない次男、尊敬。
逆の立場だったら言わずにいられない。
見習おう。
長男が鍵を持たずに出ていたとしたら、どうやって家に入るのか、もしくはどうなるのかと考えると恐ろしいけど、それはそうなった時に考えよう。
今年は忙しく終わった。自分のことと家族のことと、頭も体も心もいっぱい使った。毎日疲れた。
来年は完璧主義を自覚し、ゆるめ、
もっと生きていることを楽しもうと思う。
子ども達も、私のしてあげたい気持ちとは反対に、してもらわなくて大丈夫という場所に立ってきている。
かわいいカワイイの次男も、今年はヒゲもすね毛もうっすら濃くなり、眉毛もつながり、声変わりが始まり、私の背を抜いた。
今は目の前に座っているけれど、こんな時間もさらに減ってくる。
「今」を大切に!
過去は終わった、未来はまだ来ない、今を生きていることを楽しもう。
今年も皆様の更新されるブログに楽しい気持ちと勇気をいただきました。
ありがとうございました。
どうしても、自分1人な気がしてしまうこともある中、皆さんもがんばって生きていらっしゃると励みになりました!感謝しています(^O^)
これからも一緒にやっていきましょう!
読んでいただきましてありがとうございました。
思ったことを口に出したら
先日サッカーのキリンカップで日本がブラジルに勝利した!というニュースがTVで流れていた。
たまたま中3長男がそれを食い入って見ていたため、へ〜、すごいね!と会話し始めたところで
「〇〇(中学校の担任の名前、呼び捨て)は見に行ってたらしい」と彼が言った。
「え!行ってたの、余裕じゃん!」と私。
すると即座に、「ママそういうのやめた方がいいよ」嫌そうに返された。
「(ん?)なんで?」
「誰々、余裕があるね、いいわね、私はないけど、みたいな」
…私、嫌味でしたかね。
確かに、担任の先生が平日の仕事終わりにサッカー観戦に行ったことは、驚いた。
それは仕事終わりに遊びに行ったから、なんてことでは当然なく、朝から大変なやんちゃな子どもたちを指導し、受験の準備も始まっていて毎日多忙であるだろうと想像し、エネルギーと行動力が残っているんだ、すごい、という感想だった。
私としては、羨ましいとも思っておらず、ただ、1日の終わりに力が残っているんだ、余力があるんだという感想でしかなかった。
その気持ちを伝え、
「先生が楽しい時間を過ごすのはいいと思うし、幸せなら嬉しいと思ってるよ?」
と付け足したところ、今度は
「その、幸せならいいとか言うのもさあ…
ママよく言うじゃん、幸せが一番とか。それも自分が幸せじゃないって言ってるみたいだし。 最近そういうことばっかり言う。 私は映画も見に行けないとか。」
うーん、私、幸せだとは思ってますけど。君らがいるから。他には、元気な体もあるし、生きてるし。
この会話の数日前、子どもたちに映画「国宝」をずっと見に行きたいけど行けてない、いつか行くわ!と話していたことがあった。別に暗いトーンで話した訳ではない。単純にスケジュールの都合がつかないだけだ。
私の発している言葉は、卑屈で、後ろ向きで、自己犠牲をアピールしているように聞こえたんだね。
そして、多分長男は、私が1人で大変ということはわかっていて、わかっているけど前向きでいてほしい、前向きで楽しんでいた方がいいのに、と思っているのだ。
ここのところ、ずっと長男の高校について調べたり、説明会の予約をしたり、保護者会があったりしている。次男が塾をやめた(この話はまたどこかで)ので、私が勉強を見ないといけないとまた変な気負いも出てきたところだった。
それに加え、
中学校の委員の仕事が思ったより大変で、ラインは途絶えないし頭を悩ませていた。
仕事も、ミスをしてしまって、へこんで帰ってきた夜のことだった。
そんないっぱいいっぱいの中、朝片付けて出たはずの部屋が、帰宅すると子どもらの脱ぎっぱなしの服が散乱し、ごみが散らかりというのを横目に見ながら、
夕飯を作り、散乱したキッチンを片付け、翌日の炊飯を予約して。毎日の終わることのない家事は続く。
これもう、愚痴ですが、疲れているのですよ。
私は、色々とやって、精一杯やっていて余裕がないのは自覚している。
そんな中、誰か他人のことを「余裕だね」と家族にだけ言うことすら許してもらえないのか。
「幸せが一番」という言葉は使ってはいけないのか。
その前日には長男に、「ママ、わかんないってよく言うけど、やめた方がいいよ、わかろうと努力をしないバカみたい。」と言われており
(答えがある問いばかりじゃないんだよ!人生わからないことばかりなの!
あれもだめ、これもだめ、私はダメ出ししかされない人間なのか。
言いたい言葉も口に出してはいけないのか。
長男がまた、優しくない言い方をするので
悲しくなった。
しかし翌日以降、自分も冷静になってみると
もう私にダメ出しをしてくれるのは子どもたちぐらいだと気づく。ありがたいことなんだ。
以前より全てにおいて余裕がないのは間違いない。そして、
子どもが色んなことがわかる年齢になってきた分、私自身のスタンスも「目指せ理想のお母さん」から、「本音を伝えあえる家族」へとシフトしてきているのもある。
だからといって、
本音を伝えることと、自分の思いを垂れ流しにする言葉を使うことは違うなあと思い、
余裕だね、といった嫌味にも感じる言葉、
自分が子どもの犠牲になっていると聞こえるような言葉、
わからない、と考えることを放棄したような言葉、
反省していこうと思う。
忙しい最中にいて、つまらない発言が多かったな。
翌日、中1次男に、長男にこんなこと言われたと言ったら、
「なんで?ただ言っただけじゃんね?」
と単純に共感してくれたので、人と人の相性というか、考え方の違いというか、そこに行き着いてしまうかもしれない。
がんばって!という長男と
そのままでいいよ、という次男といったところか。
中3長男、受験期、真っ只中。

もう10月。入試開始まであと3,4か月しかない。昨年までの私は、本人が決めることだし努力することだし、どうにかなるだろう。と気負ってなかったけれど、やはり実際に中学3年生の親になってみたら、そうも悠長にしてられない。保護者のやるべきことは増えてきており、なにより、本人が頑張っているのだ。よく勉強をしているといっていい。
実力より高い高校、そこに向かって努力している。そこを目指す仲間もしくはライバルが通う大手進学塾では、常にクラス分けのテストもあるし、模試の数も多い。
ある程度納得のいくクラスに入ることができても、成績順に細かく分類され、最下位のコースで勉強することになったりもする。志望する高校群には合格実績がほぼゼロだとかのデータが裏打ちされているらしく、生徒も知っていることだ。
夏休み、毎日勉強に時間を費やしていたが、夏休み明けの模試結果で、このコースに振り分けされてしまった。
彼は当然ショックを受けた。もう塾やめる、志望校無理かも、もういやなんだけど。ここのコースだけには行きたくない、先生もここだけには落ちるなよと授業中言っている、他のやつらにバカにされるんよ、憐れみの目よ。ああ、〇コースのやつだって。志望校合格無理なのにそのコースがあるのは、他のやつらに優越感与えて頑張らせるためと、塾の儲けのため。
これまで、泣き言はあまり口にしてこなかった。結果が伴わなくても、まだまだこれから頑張っていく!そういうふうに乗り越えてきたが、今回はこたえていた。
彼の思うことがその通りとは私は思わないし、まだ試験本番までわからないじゃんと考えてしまうが、そういう一面はあるのだろう。少なくともそう感じる子もいるような環境の中、進学塾に通う子どもたちは頑張っている。
もともと、勉強というものに秀でた能力を生まれ持っている人もいるもので。
驚くような成績を出してくる。そして何だって?あまり勉強してないとか、やる気ないとか、スポーツで全国大会出てるとか。その人たちは特別。
それは彼も私もわかってる。志望校があるのなら、私たちは努力で到達するしかないのだ。
だからこそ、もどかしい。
本人はやる気ないけど、親がお金持ちだから小さい時から通塾していて、それなりにアドバンテージがある子もいるなんて聞くと、
私も、こんなに長男が頑張ることができるのなら、もっと勉強ができる環境に早くから入れてあげればよかったのかもしれない、努力で到達するには時間が足りない、ごめん、と『たられば』が浮かんでしまう。
そもそも高校が全てではないのだが、「こうと思ったらこう!」という彼には、そんなふうに思えないということと、何より、「高校だめでも、大学受験がんばればいいよね」という考えでは、今頑張れないというのだ。だから私にも、高校はどこでもいいじゃんとか言わないで、という。そういう子。
ひとしきり話をし、まあ今日は寝ようとそれぞれ寝室に。
部屋からドンドン、ガタン、ドン、騒音が聞こえてくる。
いつまでたってもおさまらない。「物にあたるな!」しんどくて早く眠りたい私はイライラして声をかける。
物にあたる、これは思春期男子あるあるのようで、我が家の壁も穴が開いている。
机も穴が開いている。
シャーペンの芯がボキボキと折られまくっている。
ペンやらボールペンやらが分解され、折られ、机の引き出しが大量のそれらで墓塚に…。
「物にあたる」という行動が、物への感謝がない感じがして腹立たしい。何かをいじって心の安定を得ているのかと大目に見ているけれど、オレの物だからいいでしょ、何したって自由じゃんと開き直られた日には、誰かがあなたのために用意したものであって、あなたが一から自分で生み出したものではないでしょう。まだ使える命あるものを無駄にするでない!と怒り絶頂である。
この夜、彼は自分のスマホを破壊していた。
おーい・・・・・後先考えろ。